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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)39号 判決 1988年7月27日

原告 シチズン時計株式会社 外一名

被告 特許庁長官

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告ら

1  特許庁が、昭和六二年審判第一六二七五号事件について、昭和六三年一月一二日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

1  原告ら両名は、弁理士川井興二郎及び同金山敏彦を代理人として、昭和五三年八月一七日、名称を「時計用文字板」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、共同して実用新案登録出願をした(実願昭五三―一一二八八四号)。

2  原告ら両名代理人金山敏彦は、昭和五四年一〇月一二日、手続補正書(自発)を提出した。

3  原告シチズン時計株式会社代理人金山敏彦は、昭和五五年九月二四日、出願審査請求書を提出した。

4  特許庁審査官は、昭和五八年五月二〇日、右手続補正書による補正を却下する旨の決定をした。右決定謄本には、実用新案登録出願人として原告シチズン時計株式会社の名称のみが記載され、代理人金山敏彦に送達された。

5  原告シチズン時計株式会社は、同年七月二五日、右補正却下決定に対する審判を請求した。

特許庁は、同年八月一〇日、原告ら両名の名称を記載し、補正審判番号を同年補正審判第五〇一三八号とした補正審判番号通知書を送付した。

特許庁審判長は、同年九月二日、原告ら両名が共同審判請求人となるように命じた手続補正指令書(方式)を送付した。

原告ら両名代理人金山敏彦は、同年九月二七日、補正の対象を「審判請求書の『請求人』の欄」とし、補正の内容を「別紙の通り」とした手続補正書を提出し、別紙として、請求人の欄に原告ら両名の住所、名称及び代表者の氏名を記載して補正した同年七月二五日付の審判請求書を添付し、原告ら両名が弁理士金山敏彦をもつて代理人とする旨の委任状とともに提出した。

6  特許庁は、昭和五九年三月二三日、右補正審判事件につき、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、請求人として原告ら両名の名称を記載した審決謄本を原告ら両名代理人金山敏彦に送達した。

7  特許庁審査官は、昭和六〇年九月二〇日、拒絶理由を代理人金山敏彦に通知した。原告ら両名代理人金山敏彦は、同年一二月二七日、手続補正書及び意見書を提出した。

8  特許庁審査官は、昭和六一年二月二八日、出願公告決定をし、実用新案登録出願人として「シチズン時計株式会社他一名」と記載された右決定謄本を代理人金山敏彦に送達した。

9  訴外セイコー電子工業株式会社ほか二名はそれぞれ実用新案登録出願人として原告ら両名の名称を記載した実用新案登録異議申立書を提出し、右出願公告に対し登録異議申立をした。原告ら両名は、昭和六二年四月三日、出願人として「シチズン時計株式会社他一名」と記載した登録異議答弁書及び手続補正書を提出した。

10  特許庁審査官は、同年六月一九日、「この登録異議の申立は、理由があるものと決定する。」との登録異議の決定及び拒絶査定をし、同年八月一八日、実用新案登録出願人として「シチズン時計株式会社外一名」と記載した右各決定の謄本を代理人金山敏彦に送達した。

11  原告シチズン時計株式会社は、同年九月一六日、請求人の欄に同原告の住所、名称及び代表者の氏名を記載しその名下に代表者が押印した審判請求書を提出し、右拒絶査定に対する審判を請求した。

原告ら代理人金山敏彦は、同年一〇月二日、補正の対象を「審判請求書の『請求人』の欄」とし、補正の内容を「別紙の通り」とする手続補正書に、別紙として、請求人の欄に原告ら両名の住所、名称及び代表者の氏名を記載して補正した同年九月一六日付の審判請求書を添付して提出した。

12  特許庁は、昭和六三年一月一二日、「本件審判の請求を却下する」との審決をし、請求人として「シチズン時計株式会社」と記載した右審決謄本は、同年二月一〇日、原告シチズン時計株式会社に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本願は、昭和五三年八月一七日にシチズン時計株式会社及び河口湖精密株式会社が共同して出願し、昭和六二年六月一九日付で拒絶査定がされたものである。

2  右拒絶査定に対する審判請求は、昭和六二年九月一六日に請求人(原告)シチズン時計株式会社によつてされている。

3  本件審判は、実用新案登録を受ける権利がシチズン時計株式会社及び河口湖精密株式会社の共有に係る実用新案登録出願の拒絶査定に対する審判であるから、その審判の請求は、実用新案法四一条によつて準用される特許法一三二条三項により、右共有者の全員が共同して請求をしなければならないところ、その一部の者であるシチズン時計株式会社によつてされたものであるから不適法な請求であつて、その欠缺は補正することができない。

したがつて、本件審判の請求は、実用新案法四一条によつて準用される特許法一三五条により、これを却下すべきものとする。

三  審決を取り消すべき事由

1  審判請求書が提出された場合において、それが共同出願人が共同して請求したものに当たるかどうかについては、単に審判請求書の請求人の欄の記載のみによつて断定すべきものではなく、その請求書の全趣旨や当該出願について特許庁側の知りえた事情などを勘案して総合的に決定しなければならない。

2  原告ら両名の出願人が終始一貫共有の利益を保存するために必要な手続をしていたことは、前示特許庁における手続の経緯に照らしても明らかである。

このように多くの手続を共同で行つていた共同出願人が、実用新案法四一条によつて準用される特許法一三二条三項の規定があるのにもかかわらず、共同出願人の一人の意思を無視して単独で審判請求を行うことは不自然で、ありえないことであり、このような不自然な行為をあえて行わなければならない特段の事情も考えられない。

拒絶査定不服の審判請求は、出願の再審査を求めるものであつて、拒絶査定の理由を覆えして自己に有利な査定を受けるために再度の意見書を提出するという性格をもつている。このような性格の行為は、他の共同出願人に対して不利益となることはありえないので、たとえ審判請求書の請求人の欄に共同出願人のうちの一名が脱落していたとしても、共同出願人全員によつて審判が請求されたことは推測できるはずである。事実、原告らは、本件審判を請求することを共同して検討を重ねた上で決定したものであり(甲第一九号証の一、二)、審判請求書の請求人の欄に原告シチズン時計株式会社の名称しか記載されていなかつたことは、原告河口湖精密株式会社の名称が脱落していたとみるべきである。

3  特許庁においても、前示特許庁における手続の経緯の5に述べたとおり、補正却下決定に対する補正審判請求書には、その請求人欄に原告シチズン時計株式会社の名称のみが記載されていたにもかかわらず、それまでの手続の経緯から判断して、補正審判番号通知書には原告ら両名の名称を記載し、また、原告ら両名が共同審判請求人となるように命じた補正指令書を送付した。

この事実は、共同出願人のうちの一名を表示した本件審判請求の真意が共同出願人である原告ら両名のためにされたものであることを、特許庁が十分に知ることができたことを示している。

4  「代理人が審判請求書の請求人の欄に共同出願人のうちの一名を誤つて脱漏した場合においても、何人が審判請求人であるかは審判請求書の全趣旨や当該出願の審査についての経緯から特許庁側の知りえた事情等を勘案して総合的に判定すべきものであり、単に審判請求書の請求人の欄の記載のみによつて断定すべきものではない。そして、右事情等から共同出願人の全員が審判を請求したと認められる場合には、審判請求書の請求人の欄の出願人の一人の脱漏は、審判請求書の請求人の欄に記載不備があつたにすぎないから、特許法一三三条一項の規定にしたがい補正を命ずべきものであり、同法一三二条三項に違反する不適法なものとして直ちに同法一三五条により審判請求を却下すべきものではない。」との趣旨の判決は多数ある(東京高等裁判所昭和五三年(行ケ)第四五号事件同年一〇月二五日判決、同庁昭和五三年(行ケ)第二〇八号事件昭和五四年七月二五日判決、同庁昭和五四年(行ケ)第五六号事件同年一一月二〇日判決等)。これらの判決が示すように、共同出願人から委任された代理人による審判請求人のうちの一名の脱漏という過誤は、特許法一三一条一項に定める方式の不備として救済される方向にあると認められる。

これに対し、本件では共同出願人のうちの一名が共同出願人全員のために審判を請求した場合において審判請求書に審判請求人のうちの一名を脱漏したものであるが、委任された代理人と出願人との関係が出願の手続経緯から推測できるのであれば、共同出願人同士の関係も同様に出願の手続経緯から推測できるはずである。共同出願人のうちの一名による過誤も、代理人のときと同様に、種々の事情を勘案して総合的に判定すべきであり、特許庁審判長は、補正却下の決定に対する審判請求のときと同様に補正指令を出すべきであつた。

審査継続中における手続が、共同出願人の一名を脱漏して行われたとしても、特許庁長官による補正指令が発せられる。これに対して、同じ特許庁に継続された出願の手続でありながら、共同審判請求時の記載のみが補正できないのは、この場合のみ出願人に一方的に不利な判断を下すと同じ結果となり、特許法一条に規定する発明の保護という目的に反する。技術の進歩は年々複雑化の傾向にあり、専門分野の異なつた多くの研究者あるいは企業が共同で研究開発を行なう機会がますます多くなり、その結果共同出願は増加の傾向にあるが、出願人が単独の通常出願の場合と異なつた不慣れな共同出願の手続には、過誤が発生しがちである。このような手続上の過誤のため、審査から継続している手続の実体的な審理をせずに、また補正の機会を与えることなく、単なる形式のみで審判請求の却下を行なうことは、発明の保護という目的に反することになるのである。

また、手続上の形式的な過誤に対して補正の機会を与えずに審判請求を却下するということは、手続上の不服申立が認められたとしても、手続をより複雑困難かつ時間がかかるものとし、その結果審判請求は意味のないものとなる場合があり、さらに、手続上の不服申立が認められない場合には、本来の実体的な審判請求内容についての不服申立の道を実質的に閉すこととなり、いずれの場合にも憲法第三二条の趣旨に反することになる。

したがつて、審判請求書の審判請求人の欄に共同出願人の一名が脱落したことは、単なる特許法一三一条一項に規定する方式の不備と解釈すべきであり、これを本来の共同出願人全員による審判請求と補正することは、同条二項の要旨変更とはなりえない。

5  以上に述べたとおり、共同出願人である原告ら両名は、意思を同じくして権利の保存にあらゆる努力を重ねてきた上、審判請求書の請求人の欄にその名称が脱落した原告河口湖精密株式会社が共同して審判を請求する意思を有していたことは審判請求書の提出前にあらかじめ明確に確認されており、これに従い、原告シチズン時計株式会社が共同出願人である原告ら両名のために審判を請求したことは、疑う余地がない。

特許庁としても、本願の手続の経緯から共同出願人のうちの一名を表示した審判請求の真意が、共同出願人である原告ら両名のためにされたものであることを十分に知ることができたものである。

したがつて、共同出願人のうち原告河口湖精密株式会社の名称が審判請求書の請求人の欄から脱落していたとしても、それは審判請求書の請求人の欄に記載不備があつた請求書の方式違背にすぎないから、特許庁としては、実用新案法四一条によつて準用される特許法一三三条一項に従い補正を命ずべきであり、補正を命ずることなく直ちに審判請求を却下すべきではない。

よつて、審判の請求を却下した審決は、違法として取り消されなければならない。

第三請求の原因に対する認否、反論

一  請求の原因一、二の事実は認める。同三の主張は争う。

二  本件審判請求書の請求人の欄には、原告シチズン時計株式会社の住所、名称、代表者の氏名の記載及び代表者の押印がされていて、本願実用新案登録を受ける権利の共有者である原告河口湖精密株式会社のそれは記載がなく、かつ、実質上、審判請求が右共有者全員の意思によつてされたものと推認するに足りる書面等も審判請求時には提出されていない。したがつて、本件審判の請求は、これを右共有者全員が共同してした審判請求と認めることはできない。

審決が述べるとおり、本件審判の請求は原告ら両名が共同してしなければならないところ、その一部の者である原告シチズン時計株式会社のみによつてされたものであるから不適法である。これを共有者全員による審判の請求に補正することは、請求の要旨を変更することに相当するから、実用新案法四一条によつて準用される特許法一三一条二項により許されない。

したがつて、審決が同法一三三条一項に規定する補正を命じることなく、同法一三五条により直ちに本件審判の請求を却下したことは正当である。

第四証拠<省略>

理由

一  請求の原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない請求の原因一の事実によれば、本願は原告ら両名が共同して実用新案登録出願したものであるから、本願考案に係る実用新案登録を受ける権利は原告ら両名の共有に属するものであることが明らかである。そして、前叙のとおり、本願につき、昭和六二年六月一九日に拒絶査定がされ、その謄本は、同年八月一八日に原告ら両名の出願代理人金山敏彦に送達されたものであること、この拒絶査定を不服として同年九月一六日に提出された審判請求書(以下「本件審判請求書」という。)の請求人の欄には、原告シチズン時計株式会社のみの住所、名称及び代表者の氏名が記載され、その名下に同代表者印が押捺されていたものであること、原告ら両名代理人金山敏彦は、同年一〇月二日に請求人を原告ら両名と補正した手続補正書を提出したことは、当事者間に争いがない。

右事実によれば、本件審判請求書は前記拒絶査定に対する不服の審判を請求することができる法定の期間内に提出されたが、請求人を原告ら両名と補正した手続補正書は右期間が満了した後に提出されたものであり、この手続補正書によつては原告河口湖精密株式会社が右法定の期間内に右審判の請求をしたものということはできないことが明らかである。そして、成立に争いのない甲第一五号証によれば、本件審判請求書の全趣旨によつてもシチズン時計株式会社以外の者が請求人として表示されていると認めることはできないことが明らかであるから、本件審判の請求人は同原告のみであるといわなければならない。

二  原告らは、右拒絶査定に至る出願手続の過程を通じて、共同出願人である原告ら両名が意思を同じくして権利の保存に努力を重ねてきたこと、原告河口湖精密株式会社が原告シチズン時計株式会社と共同して審判を請求する意思を有していたことが原告ら両名の間で明確に確認されていたことを理由に、原告シチズン時計株式会社が共同出願人である原告ら両名のために審判を請求したことは疑う余地がない旨主張する。しかし、実用新案法がその四一条によつて、審判を請求する者は、「審判事件の表示」、「請求の趣旨及びその理由」と並んで「当事者及び代理人の氏名又は名称及び住所又は居所並びに法人にあつては代表者の氏名」を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならない旨を規定した特許法一三一条一項と共に、「特許を受ける権利の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するときは、共有者の全員が共同して請求しなければならない。」と明記した特許法一三二条三項の規定を準用していることに鑑みれば、実用新案法は、実用新案登録を受ける権利の共有者が共同出願人である場合、これら共有者が拒絶査定不服の審判を請求するに当たつては、共有者の全員それぞれが審判を請求する意思のあることを、審査手続におけるそれまでの経緯と離れて改めて、請求書に表示する要式行為によつて明示することを求めたものであり、これによつて何人が審判請求人であるかを一律に確定しようとしたものであると解される。この趣旨はまた、実用新案法五五条二項が準用する特許法一四条本文が原則として複数当事者の相互代表を認めながら、その例外となる場合の一つとして拒絶査定不服審判の請求を規定していることにおいても現われている。したがつて、本件において、共同出願人である原告河口湖精密株式会社は、実用新案法の規定するところに従い、要式行為である審判請求書の提出により本件審判を請求する意思を表示すべきであつたのであり、これがないことは前叙のとおりであるから、仮に原告ら両名の意思が原告らの右主張に沿うものであつたとしても、これをもつて、原告河口湖精密株式会社が原告シチズン時計株式会社と共同して本件審判を請求したということはできない。

三  また、原告らは、本願の審査手続の経緯から本件審判請求の真意が共同出願人である原告ら両名のためにされたものであることは特許庁が十分に知ることができたことを理由に、特許庁としては、実用新案法四一条によつて準用される特許法一三三条一項に従い、審判請求書の請求人の欄の記載に脱落があるものとして補正を命ずべきであつた旨主張する。しかしながら、前叙のとおり本件審判請求人は原告シチズン時計株式会社のみであるから、同原告のみを請求人として記載した本件審判請求書が特許法一三一条一項所定の方式に違反しているとはいえず、右記載を原告ら両名に補正することは審判請求書の要旨を変更するものであることが明らかであるから、原告の右主張は失当である。憲法三二条の趣旨に反する旨の原告らの主張は誤つた法律解釈を前提とするものであつて採用の限りではない。

四  原告らが挙げる各判決の見解は前叙説示と抵触する限りにおいて当裁判所の採用しないところであり、原告らが請求の原因三4においてその他主張するところは、前叙説示に照らしいずれも採用できないことが明らかである。

以上のとおりであるから、本件審判の請求は原告シチズン時計株式会社が単独でしたものと認定し、実用新案法四一条によつて準用される特許法一三二条三項に違反する不適法な審判の請求であり、その補正をすることができないものであるとして、同じく準用される特許法一三五条によりこれを却下した審決の判断は正当であり、審決に違法の点はない。

五  よつて、原告らの本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀧川叡一 牧野利秋 木下順太郎)

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